山田文美プロフィール


昭和41年1月15日。岐阜県高山市に生まれる。

小学5年生で「ニュースレター」に目覚める。
中学校に入学するものの憧れの新聞部が無く、自分で勝手に壁新聞を作成し、勝手に校内に張り出す。図書館便りを勝手に発行する。

高校に入学するも、やはり憧れの新聞部は無く、文芸・漫画の同人誌を発行する。
同人誌売買を通して「必要な人に、必要なものを知らせる」というマーケティング初体験を経験する。

美術系大学で「見た目同じ物を、表現力を使って、実は違うものだと知らせる」という概念と出会う。この概念が、後に商売をする時の基本となる。
卒業後2年間イラストレーターとして生計をたてる。

結婚・出産を期に無職となり、社会から阻害される感覚を味わう。
子供の保育園バザーを通して「他人の役に立つ喜び」を得る。この「他人の役に立つ」という事こそ、自分が生きている意味だと実感する。

嫁ぎ先の義父が病気のため急死。
残った借金とともに、山田時計店を引き継ぐ。
人口6800人の、電車も廃線になった過疎の町でシャッターを開ける。
新聞折込チラシを使って、商品ではなく、店主を売り込むというチラシスタイルを追求する。結果、10年間で顧客数・売上げを4倍に伸ばす。
チラシとニュースレターを融合させた「ニュースレターチラシ」で、商圏内の住民と会った事もないのに人間関係を築く。

「ニュースレターチラシ」を実験計測しながら、出産・子育て・子供のイジメ問題にも直面する。女性が仕事をする事の諸問題と向き合いながらも、売上げを作り出していく。
某有名健康食品会社の商品を取り扱い、約600店舗のなかで売上げ1位を達成する。週間1位連続新記録を達成す所からはじまり、年間1位も獲得。

2005年1月店舗の独自性を追求するために「ほっとはーとやまだ」と店舗名を変える。
2005年2月小阪裕司氏主催の「ワクワク系マーケティング実践会」にて、社長のアカデミー賞ノミネート。
2006年2月同「社長のアカデミー賞」にてグランプリ受賞(女性初)。
3月ニュースレター・トレーナーとして「山田の作文教室」を開講。
6月日経MJの第一面にてカラーで紹介される。
2007年3月「山田の作文教室」生徒数増加により新システムスタート。


SS級・認定眼鏡士として、地域の眼鏡教育に貢献している。